位と衣装
同じ後宮でも、皇后・妃・嬪と貴人・常在・答応では、住まいの殿・部屋の格・冠服が違います。位を選ぶと、住まい・部屋の格・冠服と、その位の建物と調度が見られます。表は清の位で、明と唐の位は各ページで対照します。
皇太后こうたいごう
13 種Empress dowager
皇帝の母の位。慈寧宮・寿康宮・寧寿宮に住む。
住まい 慈寧宮・寿康宮・寧寿宮
皇后こうごう
14 種Empress
皇帝の正妻。定員 1。『国朝宮史』は「中宮に居る」と書く。
住まい 「中宮」(ふだんの住まいは要確認)
皇貴妃こうきひ
13 種Imperial noble consort
皇后に次ぐ妃の最上位。定員 1。東西十二宮の 1 宮の主。
住まい 東西十二宮の 1 宮の主(正殿)
貴妃きひ
14 種Noble consort
皇貴妃に次ぐ位。定員 2。朝袍は金黄。
住まい 東西十二宮の 1 宮の主(正殿)
妃ひ
13 種Consort
定員 4。1 宮の主。朝冠の金鳳は 5。
住まい 東西十二宮の 1 宮の主(正殿)
嬪ひん
13 種Concubine (pin)
定員 6。1 宮の主になる位。朝冠の鳥は鳳でなく翟。
住まい 東西十二宮の 1 宮の主(正殿)
貴人きじん
7 種Noble lady (guiren)
定員を定めない位。主の宮の配殿などに住む。
住まい 主の宮の配殿など(推定)
常在じょうざい
7 種First attendant (changzai)
貴人の下の位。定員を定めない。宮女 3 人。
住まい 主の宮の配殿など(推定)
答応とうおう
7 種Second attendant (daying)
妃嬪のいちばん下の位。定員を定めない。宮女 2 人。
住まい 主の宮の配殿など(推定)
宮女きゅうじょ
7 種Palace maid
旗人の家の娘で、25 歳で宮を出る。宮の囲房・後罩房に住む。
住まい 宮の囲房・後罩房(推定)
宦官かんがん
5 種Eunuch
敬事房が束ねる宮の勤め。宮の門の脇の値房に詰める。
住まい 宮の門の脇の値房(勤め。住まいは宮の外)
位の早見表(清)
定員・宮女の数は『国朝宮史』、年例銀は同じ本の経費の巻、朝袍の色と朝冠は『皇朝礼器図式』(1759)による値です。「推定」「要確認」は確かめている最中の値です。
| 位 | 定員 | 住まい | 朝袍の色 | 朝冠(冬)の目印 | 宮女 | 年例銀(両) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 皇太后 | 1 | 慈寧宮・寿康宮・寧寿宮 | 明黄 | 皇后と同じ | 12 | — |
| 皇后 | 1 | 「中宮」(ふだんの住まいは要確認) | 明黄 | 頂 3 層・金鳳 7・後ろの真珠の垂れ 5 行 | 10 | 1,000 |
| 皇貴妃 | 1 | 東西十二宮の 1 宮の主(正殿) | 明黄 | 頂 3 層・金鳳 7・垂れ 3 行 | 8 | 800 |
| 貴妃 | 2 | 東西十二宮の 1 宮の主(正殿) | 金黄 | 皇貴妃と同じ。縧が金黄 | 8 | 600 |
| 妃 | 4 | 東西十二宮の 1 宮の主(正殿) | 金黄 | 頂 2 層・金鳳 5・垂れ 3 行 | 6 | 300 |
| 嬪 | 6 | 東西十二宮の 1 宮の主(正殿) | 香色(要確認) | 頂 2 層・金翟 5・垂れ 3 行 | 6 | 200 |
| 貴人 | 定めない | 主の宮の配殿など(推定) | 図式に無い | 図式に無い | 4 | 100 |
| 常在 | 定めない | 主の宮の配殿など(推定) | 図式に無い | 図式に無い | 3 | 50 |
| 答応 | 定めない | 主の宮の配殿など(推定) | 図式に無い | 図式に無い | 2(則例は 1) | 30 |
| 宮女 | — | 宮の囲房・後罩房(推定) | — | — | — | — |
| 宦官 | — | 宮の門の脇の値房(勤め。住まいは宮の外) | — | — | — | — |
時代 × 位の描き分け
唐・宋・明・清の后妃と宮女が、儀式とふだんに何を着たかの早見表です。清の朝服・吉服は『皇朝礼器図式』(1759)、明は『明史』輿服志、宋は后の像で確かめた値で、「推定」の行は確かめている最中です。線画では色が出ないので、冠の鳥と垂れの本数、龍褂の団など、形で描き分けられる所を先に書いています。
| 位と場面 | 髪・冠 | 上衣 | 下衣 | 靴 | 色 |
|---|---|---|---|---|---|
| 唐 | |||||
| 后妃推定 | 高髻に簪と花、額や頬に花鈿 | 短い襦・半臂、肩から披帛 | 胸高に締めた長い裙 | 先の反った履 | 赤・緑・黄など鮮やか |
| 宮女推定 | 幞頭(男装)か低い髻 | 丸首の袍に帯(男装) | 袴 | 長靴 | 地味 |
| 宋 | |||||
| 皇后(儀式) | 龍鳳花釵冠・左右の博鬢・真珠の面花 | 深青の褘衣(翟の模様)、紅の縁 | 裙 | 先の反った舄 | 深青 |
| 侍女 | 高い花冠 | 男物の丸首の袍・長い帯 | — | 靴 | 濃い地に小紋 |
| ふだんの女性推定 | 低い髻・小さな冠 | 褙子・抹胸 | 細い襞の裙 | 平底 | 淡い |
| 明 | |||||
| 皇后(儀式) | 九龍四鳳冠・左右の博鬢 3 | 深青の翟衣 12 等 | 裙・蔽膝 | 青の舄 | 深青・紅の縁 |
| 皇后(常服) | 龍鳳冠 | 黄の大衫・深青の霞帔(龍)・紅の鞠衣 | 紅の裙 | 青の舄 | 黄・深青・紅 |
| 妃・嬪(常服) | 鸞鳳冠/九翟冠 | 大衫・霞帔(雲霞と鳳。龍は使わない) | 裙 | — | 黄は使わない |
| 后妃(ふだん)推定 | 鬏髻と頭面(挑心・分心・掩鬢) | 襖(明後期は立襟) | 馬面裙 | 平底 | 自由 |
| 宮人(宮女) | 花を飾った烏紗帽 | 紫の丸首・細い袖・小さな葵の花 | 紅の裙 | 鞋 | 紫・紅 |
| 清前期 | |||||
| 后妃(ふだん)推定 | 小両把頭・簪 | 丸首・右前の袍(馬蹄袖は儀式だけ) | 袍の下にズボン | 低めの花盆底・平底 | 位の色は儀式。ふだんは自由 |
| 清中期 | |||||
| 皇后(儀式) | 朝冠(頂 3 層・金鳳 7・垂れ 5 行)・金約・耳飾り 3 対 | 石青の朝褂+明黄の朝袍(披領・馬蹄袖)・朝珠 3 連 | 朝裙 | 花盆底 | 明黄・石青 |
| 皇貴妃・貴妃(儀式) | 朝冠(頂 3 層・金鳳 7・垂れ 3 行) | 石青の朝褂+朝袍(皇貴妃は明黄、貴妃は金黄) | 朝裙 | 花盆底 | 明黄/金黄・石青 |
| 妃(儀式) | 朝冠(頂 2 層・金鳳 5・垂れ 3 行) | 石青の朝褂+金黄の朝袍 | 朝裙 | 花盆底 | 金黄・石青 |
| 嬪(儀式) | 朝冠(頂 2 層・金翟 5・垂れ 3 行) | 石青の朝褂+香色の朝袍 | 朝裙 | 花盆底 | 香色(要確認)・石青 |
| 后妃(祝いの日) | 吉服冠か鈿子 | 石青の龍褂(金龍の団 8。嬪は団なし)+位の色の龍袍・朝珠 1 連 | — | 花盆底 | 位の色 |
| 后妃(ふだん)推定 | 両把頭・扁方・燕尾 | 氅衣・襯衣・坎肩 | — | 花盆底 | 自由(明黄を避ける) |
| 貴人・常在・答応推定 | 両把頭(簪は少なめ) | 襯衣・氅衣(縁飾りは控えめ) | — | 花盆底・平底 | 図式に無い |
| 清後期 | |||||
| 后妃(ふだん)推定 | 大拉翅・正面の大きな花・片側の流蘇 | 縁飾りの幅の広い氅衣 | — | 高い花盆底 | 自由 |
| 清 | |||||
| 宮女推定 | 長い 1 本の三つ編み | 地味な袍・坎肩 | — | 平底 | 地味 |
| 太監(宦官)推定 | 帽子(位で頂戴) | 袍・褂 | — | 長靴 | 地味 |
漢と元は資料が少ないので、時代のページで解説しています。服ごとの形は、種類の「衣装と装身具」で見られます。
取り違えやすい所
漫画でよく見る、位と衣装の取り違えです。
- 朝冠はふだん被らない
- 朝冠・朝褂・朝珠 3 連は即位・大婚・元旦などの儀式の服。後宮の日常の場面は、両把頭か大拉翅に便服(氅衣・襯衣)。
- 後ろの垂れの本数で位が分かる
- 清の朝冠の後ろの真珠の垂れは、皇后が 5 行、皇貴妃から嬪までが 3 行。頂は皇后〜貴妃が 3 層、妃・嬪が 2 層。嬪の冠の鳥は鳳でなく翟。
- 同じ黄でも色の名が違う
- 明黄は皇帝・皇太后・皇后・皇貴妃、金黄は貴妃・妃、香色は嬪。線画では色が出ないので、トーンの指定と注で描き分ける。
- 大拉翅は清後期だけ
- 黒い扇形の大きな被り物(大拉翅)は同治・光緒のころの形。乾隆の後宮は両把頭、清前期は低い小両把頭。
- 旗袍は清の后妃の服ではない
- 体に沿う一つながりの旗袍は民国(1920 年代後半から)の服。清の后妃の便服は、直線裁ちのゆったりした氅衣・襯衣。
- 明と清の冠服を混ぜない
- 明の后妃は鳳冠・大衫・霞帔・馬面裙。清は満洲の形の朝冠・馬蹄袖・花盆底。明の皇后の霞帔は深い青で、紅ではない。
- 唐の貴妃と清の貴妃は別の制度
- 唐の貴妃は四夫人(正一品)の 1 つ、清の貴妃は皇貴妃の下で定員 2。唐の高髻・披帛を清の後宮に持ち込まない。
- 花盆底は纏足の代わりではない
- 清の宮廷の満洲の女性は纏足をしなかった。花盆底は底の中央に台を付けた靴で、宮女は平底を履く。
- 位の低い主は宝座の部屋に住まない
- 嬪以上が 1 宮の主として正殿に住み、明間に宝座を置く。貴人・常在・答応は主の宮の配殿などに住み、部屋は炕と箱が中心(推定)。
- 皇后の住まいを坤寧宮と決めない(清)
- 坤寧宮は明の皇后の寝宮で、清は 1655 年に満洲式に改めて祭祀と大婚に使った。清の皇后のふだんの住まいは確かめている最中。